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半分は共病記&半分は雑記帳

病気のために、頭・体・心全部が弱くなった老女です。老いと病に圧倒されないよう、なんとか意識を保ちたいと、ただそのために書いています。

マインドフルネス・瞑想・メディテーション(&体調メモ)

マインドフルネス・瞑想・メディテーション

この病気になるまでは、
「瞑想」は自分とはまったく縁がないものと思っていた。

シャカが苦行で骨と皮だけになったとか、
達磨が座禅によって足が腐ったという話。

昔昔の話になるが、LSDによるトリップの話や、
写真で見たビートルズの瞑想修行の姿。

あのマイケル・クライトンまでが、
アリゾナの砂漠のセミナーで、
それぞれの人の体から出るオーラを見たと言いだす。

おまけにTVで見たオウム信者の奇妙な姿が浮かび、
「瞑想」は、ちょっとアブナイ世界に思っていた。

 

2年半前ぐらいに「デルデル呼吸」を知った。
線維筋痛症の痛みが軽くなるという。

試しにマネしてみたら、2回だけ不思議な事が起きた。

20分位、静かに呼吸をしていたら、
身体全体が熱くなって、

その熱の中に、すべての痛みがとけていった。
なんとも気持ちがよく、そのまま眠ってしまっていた。

目覚めると、うっすらと汗をかいていて、
これは何? と、体温を測ると、37度になっていた。

当時は、いつも35.7~36.0度ぐらいだったから、
何が起きたのか、わからなかった。

その後も、折にふれて「デルデル呼吸」をするが、
不思議な事は、2回しか起きなかった。

それをある人に話したら「気」を取り入れたのだと言う。

?!の話だったが、

それがきっかけで、気功や瞑想を調べ始めた。

ネットを見ると「マインドフルネス」の瞑想は、
痛みを軽くするという。

で、「マインドフルネス」や「TM瞑想」の本、
それから『心の治癒力』など次々に買ってマネしようとしたが

・・・どうもピッタリとこなくて、身につかない。

今のところ「デルデル呼吸」が一番いい。
簡単で、実行しやすい。

でも、痛みが強い時・気分が悪すぎる時は
まったく効かない(苦笑)。

で、また「気づきの瞑想」などを読み始めたが、

瞑想ってそもそも何なんだ?
そこが全然わかっていない事に気がついた。

ここは少し整理かな?と思って検索開始。
読んでもすぐ忘れてしまうのでここにメモしていく。

私が痛切にほしいのは、
実行できて・現状を変えるきっかけになるもの。

もしこれが手に入れば大きな助けになる。
(以下、各サイトからの抜粋引用。改行など改変。)

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瞑想 - Wikipedia

瞑想(英:Meditation)とは、心を静めて神に祈ったり、何かに心を集中させること、心を静めて無心になること、目を閉じて深く静かに思いをめぐらすこと。

 

単に心身の静寂を取り戻すために行うような比較的日常的なものから、絶対者(神)をありありと体感したり、究極の智慧を得るようなものまで、広い範囲に用いられる。

 

仏教における瞑想法では、人間の心が多層的な構造を持っていることを踏まえ意識の深層段階へと到達することを目的とした手法が組み立てられる場合がある。・・・・・・・

 

ヒンドゥー教における瞑想法は、真我や神との合一体験を目的とした瞑想が主流。

 

瞑想に関しては複数の言語間での翻訳の行き来に伴う表現の混乱がある。

 

“Meditation” という言葉はラテン語: meditatio に由来。ローマ時代の meditatio は「精神的および身体的な訓練・練習」全般を意味していた。

 

その後、ヨーロッパにおいてはもっぱらキリスト教が発展したので、ヨーロッパ諸語の “Meditation” とはキリスト教のそれを指し、神、イエス・キリスト聖母マリア等を心の中でありありと想い浮かべることを、意味するようになった。

 

これはどちらかといえば仏教における「内観」あるいは「観想」に相当する。ただし日本ではその “Meditation” を「瞑想」と翻訳するのが一般的。

 

一方、「内観」、「禅定」等の仏教用語やヨーガなどが、欧米においてはしばしば “Meditation” と翻訳されるため、それらを紹介した欧米の書物がさらに和訳される際(いわば再輸入される際)、それらが元の「内観」等ではなく、「瞑想」と訳されていることも少なくない。

 

インド発祥の瞑想

 

紀元2~3世紀ごろにパタンジャリが、サーンキヤ学派の理論にもとづいて瞑想の技法を体系づけ、その技法を継承する集団が形成されるようになった。その瞑想は「ヨーガ」と呼ばれ、継承者集団はヨーガ学派と呼ばれている。

 

意識をただ一点に集中させ続けることによって、瞑想の対象と一体となり、究極の智慧そのものとなるのである。この状態は三昧(さんまい、ざんまい、サマタ、サマディー)と呼ばれる。

 

仏教の始祖とされているブッダ("悟った人"の意)は、究極の智慧を得たのであるが、それは上述のインドの瞑想の技法(あるいはヨーガ)によって得たものであり、彼はその瞑想法をより安全かつ体系的なものに発展させた(『原始仏典』参照)。

 

1960年代から70年代には、欧米に様々な東洋的瞑想実践が導入され、次第に正当な評価を心がける心理学者や精神科医も現れるようになった。(*感想:ビートニクの後、ヒッピーや鈴木大拙が話題になっていたが、その流れ?)

 

瞑想は欧米で補完・代替医療としても注目され、研究が行われてきた。初期の研究は、超越瞑想の普及を目指すマハリシ財団旗下の大学で超越瞑想を対象に行われたものが多い。・・・・・

 

ペンシルバニア大学のアンドリュー・ニューバーグ(英語版)は、深い瞑想状態や祈りの状態にある者の脳内の神経学的変化を研究した。ニューバーグによると、深い祈りを込めた瞑想は、上頭頂葉後部の活動を低下させ、血流を減少させていた。・・・・・

 

瞑想研究を概観すると、瞑想は心理学的に健康を導き、感受性を高めることが示唆されている。・・・・・

補完医療としての活用も試みられている。・・・瞑想を取り入れたマインドフルネス認知療法に(うつ病の)再発リスク低減効果があるのではないかとされ、・・・

 

弊害・危険性

 

瞑想のもたらす心理学的作用が報告されるようになり、健康管理、心理治療、教育などの分野に応用されるようになったが、研究の増加につれて、その弊害も報告されるようになった。・・・・

 

・・・これらの研究は、少なくとも瞑想には不向きな人がいること、瞑想を治療として処方することは安易にはできないこと、様々な瞑想伝統が示すように瞑想には十分な準備が必要である可能性などを研究者たちに示した。・・・・

 

・・・日本の禅にも、修行の途中で様々な精神的・身体的不調をきたす状態が修行者たちに知られ、・・・・

 

江戸時代の名僧白隠は、若い時に過酷な修行で禅病に悩まされ、経緯や症状、その克服法「内観の法」「軟酥の法」を『夜船閑話』に書き残している。

 

 

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瞑想(アメリカ国立衛生研究所 「統合医療」情報発信サイトの翻訳)

「瞑想」という言葉は、マントラ瞑想、リラクゼーション反応、マインドフルネス瞑想(呼吸法に焦点を置いた瞑想法の一種で存在への「気づき」を高めるために編み出されたもの。

 

健康増進のためのストレス軽減および感情のコントロールを目的としています。)や仏教の禅といった一連の技法を指す。

 

瞑想療法の例

 

マインドフルネス瞑想と超越瞑想(またはTM)は共通点の多い瞑想法。NCCIHが支援する研究プロジェクトでは、この2種類の瞑想法を研究しています。・・・・・

 

ある種の瞑想には、交感神経系の働きを抑制し、副交感神経系の働きを促進する作用があるかもしれないと考えられています。

 

瞑想の利用をお考えの方に

通常医療の治療の代わりに瞑想を利用する、または、病的疾患について医療機関を受診することを先送りにするために、瞑想を利用しないでください。


あなたが検討している瞑想インストラクターの訓練歴や経験について調べましょう。・・・・・

 

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感想メモ: 

以前は、しょっちゅう、全身がしびれと痛みで覆われた。
痛くないのは耳と首と右胸の一部分だけ。

頭から足のつま先まで、
いろいろな種類の疼痛で身のおきどころがなくなった。

そういう時はたいてい頭もうろうになってきて、
ただ痛い・痛いと、泣いていた。

当時に比べれば、
痛みの範囲も狭まったし、レベルも下がった。

なのに、今年の7月からは、
痛みもさることながら、全身のだるさがひどくなった。

9月になってからは、
脚のいつものしびれと疼痛・重さ以外に、
異様な感覚になる日が増えた。

筋肉自体になにか変化があるのか・・

脳からの指令がうまく伝わらないのか・・

それとも、ただ脳がそう感じているだけなのか・・

ともかく、脚の異様な感覚で、
立っていることも出来なくなり横になる。

こんな時は、
なぜか頭は灰色一色のセメントの塊みたいになってくる。

頭の中に霧がかかり、何も浮かばないという、
頭もうろうという状態より、もう1段階進んだ感じ。

なんとか目を開けて、空や、壁の写真を見るが、
ガラス越しに見ているようで、
リアルな感じがしない。

時々、痛い・・しびれている・・と思いながら、
最悪の気分だけが意識される。

ただわずかに、呼吸する機能だけが残る、
まるで、こわれかけのロボットか、

魔法使いに魔法をかけられて、
ころがっている婆さんみたい。

手足を動かそうと考えはするが、
そうする気力もゼロになって、
一滴の涙さえ出てこない。

(でも回復すると、またヨタヨタながら歩ける。ここが不思議。)

一体、身体の中で何が起きるのかわからないが、

この魔法を解く、何かを見つけられたら。

 

瞑想で検索すると、こんな記事まであった。

参考記事:瞑想は遺伝子の表現型を変えると判明!炎症反応が抑えられるとの研究結果  

瞑想のマスタークラスの人の体内では、いろいろな変化が起きるようだ!!