読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

半分は共病記&半分は雑記帳

病気のために、頭・体・心全部が弱くなった老女です。老いと病に圧倒されないよう、なんとか意識を保ちたいと、ただそのために書いています。

日記(悲しい)を始める

日記(悲しい)

ダルイ・ダルイ。
脚が重く、力が入らず、頭もうろうの冴えない日が続く。

BMIは 19.7なのに、体重200kgの相撲取りになった気分。
それは言いすぎw
でも、150kgはありそうだ(笑)。

3年前に戻ったようで、気分は凹みがち。

と、書いてはみたが、
この3年間、自分の様子がどうだったかもう思い出せない。

脱力発作は起きないから、そこはマシ。
ただ、波はありながらも、動けなくなってきている事は確か。

前のブログを見たら、今年の4月頃は、

少し元気になって鉢の水遣りができそうと思い、
3年半ぶりに観葉植物をいくつも買って、並べている。

今じゃまた、その水遣りが難しくなって、
4つ 処分した。

あ~、でも、過去と比べるなかれ!だ。

 

岩崎航さんの「病魔につぶされない」という言葉を思い出し、
小林麻央さんのブログを読んでは、気を取り直す。

小林麻央さんの言葉にはいつも感心する。
自分の思いや感じたことを、
「短い、的確な言葉で」外に出していらっしゃる。

さてさて、私の場合、
この凹む気分を言葉にすると、何だろう?

しばらく言葉を探したが、 "悲しみ” という言葉しか思いつかなかった。

なぜ、悲しいのか考えようとしたが、頭が働かない。

悲しいという言葉の裏には、
いろいろな思いがあるんだと思うけれど。

 

**********************************

難病にどう対処するか(医師の治療以外で)で上げた本は以前、2冊読んだ。どっちの内容も、もうすっかり頭から抜けている。

今や夫に追いつきそうな「ザルの頭」。

でも、ザルの頭だからこその、いい面もきっとあるはず。

同じものを見ても、新鮮で、また楽しめる!!
たぶん(笑)。

さてもうおぼろげだが、どちらの本にも「悲しみ」が述べられていた(と思う)。

カール・サイモントンの『がん治癒への道』では、患者 リード・ヘンソンさんが、

『がんに効く生活』の中では、著者ダヴィド・S. シュレベール自身も、

長い間、抑圧してきた自分の悲しみに気づいた経験を述べていた。

『がんはスピリチュアルな病気』では、著者のマクファーランドさんが自分の悲しみを吐露していた。

もちろん、がんになったからこそ気付いた喜びも、嬉しさも、

楽しさも、感謝も、ユーモアも、

たっぷりと書かれていたが。

 

『がんが自然に治る生き方』には、
「抑圧した感情を解き放つ」と書いてあるようだ。 

そうだな・・・

「抑圧した感情」とは違うけれど、
感情を解き放つのはいいことだと思う。たぶん・・・

もう悲しみは飲み込まないで、おおっぴらに、外に出そう。

昨日そう思った。

なんでもいいから、悲しいと感じたら、ここに出していこう。

昨日は、扇風機を拭いてしまうことが出来た。

最低以外の作業ができると、とても嬉しい。

身体が動くのは、何と気持ちいいことだろう。

(もっと動きたい。ご飯も作ってみたい・・・歩きたい・・)

 

でも、今日は新しいカテゴリーで、ブログを書けた。
メデタシ・メデタシ。