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半分は共病記&半分は雑記帳

病気のために、頭・体・心全部が弱くなった老女です。老いと病に圧倒されないよう、なんとか意識を保ちたいと、ただそのために書いています。

残りの日々について思ったこと

したこと・思ったことや体調メモ

こっち の続き。

先月8月15日、体調が最悪だった日。

痛みと気分の悪さのダブルで身のおきどころもなく、頭もうろうのまま、3時間じっと身体を丸めていた。その間にふわふわと頭に浮かんだことを思い出してメモ。(何でもすぐに忘れてしまうので、ここに残しています。暗い話かと思いますが、m(_ _)m))

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病人の命は、できるだけ救おう・延ばそうとたいていは考える。

それはそれで正しいことだけれど、
一方で「死は苦痛からの解放」にもなりうるんじゃないか?

もし、苦痛からの解放だとすれば、

その人の死は決して悲しいことではない。

その人は解放されたのだ。
周りの人はただ静かに安堵すればいいだけになる。

涅槃は「悟りによる苦からの解放」を意味するようだが、
「死による苦からの解放=涅槃」かもしれない。

本当かどうか知らないが、
お釈迦さまは身体の痛みの治療を拒み、
静かに横たわり、
ただ、みんなに、
悲しむな、嘆くな・・・と言ったというではないか。
彼は「死による解放」を意識したのかもしれない。

それにまた、

仮に、今ひどくつらい状態でも、
必ず、安らかな時が先に待っていると思うなら、

それは大きな救いになる。

そう思うだけでも、とりあえずは耐えることができる。

ん。これはとてもいい考えかもしれない。

私はもう遣り残したこともないし。

そうだった。
3年半前に突然倒れた時は、
必死に、初めて、祈っていたっけ。

お願いです。
1つだけ遣り残したことがあります。
あと半年だけでいいから、
意識を保って生かしておいて。

お願い・お願い・と心の中でつぶやいていた。

自分にも言い聞かせていた。
しっかりしなさい。あれだけはやらなきゃ。
それまではしっかりするの。

親戚や知人の中には、本人もまったく予期しないまま突然亡くなった人も少なくはなかったから、あの時は、ひょっとしたら、これがそうなのか・・・と思った。

しばらく時間が過ぎ、意識だけはあるから、これは大丈夫。最悪でも、絶対2~3ヶ月は持つはずだと考えた。

あれから2回、これは死の前触れか?と感じる時があった。
でも、全然違っていたよ(笑)。

どうやら、私は突然死とは縁がなさそうじゃない(笑)。

考えれば、あれから3年も生きている。
遣り残した事は、何もない。
文句をいうことはないじゃない?

ただ時々、辛い時があるだけだ。

そうか・・・
仮にこれからもっとつらい時があったとしても、
最後には安らげる。そう思えばいいんだ。

そうだ・・・散骨ではなく、樹木葬にしてもらおう。
ふふ・・考えてみたら、私は泳げなかったんだ。
海よりも、山の中の方が、安心できる(笑)。

樹に囲まれて眠るなんて最高じゃない?

朝焼けに始まって
それから陽がそそぎ、風が吹き、雨が降る。

青い空の日。曇りの日。
星や月が見える夜もある。

辺りは静かで、ほんのたまに
動物や人の気配がする素晴らしい場所だ。

子供の時はずっとハイジの山の暮らしに憧れていた。

20歳頃からは、
吉村順三さんの「軽井沢の山荘」みたいな場所と家に憧れ、

そのうち別荘などとても無理だから、
せめて田舎の田んぼが見える所に住みたいと思い、

老後は伊豆や鎌倉の山の中みたいな場所で、
海が見えるところだったらいいな・・・なんて夢みていた。

結局19回も引っ越したのに、夢は一度もかなわず。
街中の人工物ばかりの場所で一生を終わる。

だから、最後は樹の下で眠ることにしよう。それがいい。

私は 後どれぐらい生きているのだろう?
後1000日?2000日?
ひょっとしたら、3000日?

それ以上はとても無理だろうな(わからないけれど)。

一日なんて、あっと言う間に経ってしまう。

泣いても笑っても、1000日、2000日、3000日か・・・

考えてみれば夫の両親のように90代まで生きたとしても、
その一生は、365×90=33000日ぐらい。

あ~、人生は長いようでもあり、短いものでもあるわけだ。

子供が何回か言ってたっけ。

”もう棺おけに片足突っ込んでいるんだから、
人のことなんか考えてる余裕なんかないはずだよ。
自分のことだけ考えて、楽しみを見つけて。”

そうだな。確かにそのとおり。

確かに、人のことなんか考えている場合じゃない。

もう果たすべき義務もない。
私は自由の身なのだ。

自分の望むように生きるとなると、

やっぱり、残りの人生は、
穏やかに、気持ちよく、安らかに過ごしたい。

そうだよね。
私は、それだけを考えればいいのだ。

後世の作り話というが、
最後の辛い旅の途中で、お釈迦さまはふともらしたと言う。

「アーナンダよ。この世は美しい。人生は甘美である。」

これからは、
私も世界の中の、美しいものだけを見ていきたい。

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3時間後に、身体も少しゆるんで、
深呼吸もできるようになり、
いつものように、
痛みは「ただそこにあるもの」になり、復活した。

よくわからないが、あの3時間で、
ほんのちょっとだけ、何かが変わったような気がする。

後で調べたら、うんと山の中の樹木葬なら、費用はたいしてかからないのがあった。 公園みたいにして、墓碑もあると、結構かかる(笑)。

もし、うんと山の中のがあったら、そういうのでいいと子供に話したら「海から山へね。はい、わかりました。だけどこっちもすぐ忘れるから日付を入れて紙に書いて金庫に入れといて。そしたらこれが最終意思ってわかるからさ。」と笑っていた。

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昨日の朝、上の文章を書いたのだが、
午後たまたま見ていたレビューから、
カンポン・トーンブンヌム さんという方のことを知った。

昨日、今日と検索して紹介記事を読み、動画も見た。

あ~、この方も、ワォゥ!!と驚く方のようだ。

昨日美しいものだけを見ていきたいーと書いたが、
この方の表情もしぐさも美しい。

肩の力が抜けて、静かで穏やかで、
にこやかで、美しい。

今日はとりあえず、本を注文。
本と、動画のリンクを貼っておきます。
(動画は設定で日本語にすれば、字幕がでます。)

もしも興味を感じられたらどうぞ。

本:「気づきの瞑想」で得た苦しまない生き方

動画:1~4まであります。

カンポンさんタイドキュメンタリーTV(コンコンコン) 1/4 - YouTube

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この記事は、以前のブログに書いた記事ともつながってきそう。とりあえずここに貼っておこう。

『海を飛ぶ夢』と星野富弘さん - じぶんの人生に花丸を。